2013年12月31日火曜日

Baeball Plus 2013年総括

いよいよあと数時間で2013年が終わります。

今年は色々とあり過ぎ、逆に何をしてきたんだろうと考えてしまいます。

でもやはり、私の今年のトップは東アジア大会での優勝でしたね。

多くのドラフト選手と共に戦えた経験は本当に貴重なものでした。

因果か、バルセロナオリンピックの予選が行われた中国天津で開催されたことも印象深かさを増したと思います。

天津の街並みは、その当時の面影なんて全く感じさせない文明の発達ぶりでただただ驚愕。

20年あまりでこれだけの発展を遂げるとは、やはり中国恐るべしでした。

バルセロナオリンピック予選の時、勿論、当時は選手でしたが、北京から天津に到着するなり、油と水にあたり、極度の下痢の毎日に苦しみながら何とか出場権を獲得したことを今でも鮮明に覚えています。

守備から攻撃に移る合間にトイレに駆け込み、打席間際までトイレに居て、慌てて打席へという繰り返しでした。今で言う、完全な集団食中毒です。

ですが、オリンピックの予選で腹痛でオリンピックを逃すなんてことは許されることではないので皆必死でしたね。

人間なんとかなるもんですね!

このような経験により、私は世界を相手に戦うことにのめり込むことになったのですが。

天津の予選の思い出の一つに今でも鮮明に覚えていますが、山中監督との会話を今でも忘れることはありません。

予選を突破し、オリンピック出場を決めた日の夜に、今後の進路(プロに進む選手とアマに残ってオリンピックに挑む選手の二つに大きく分かれるため)を天津のホテルの監督部屋に呼ばれ、一人一人ヒアリングされました。

その時に年齢的にこのチームでは年長の方でしたし、先発メンバーとしてずっと試合に出場しているわけでもなかったので、

監督に話をされる前に自分から

「代表チームはオリンピックで金メダルを獲得することが命題と思います。私なんかよりももっと良い選手を入れて貰って結構です」

と切り出しました。

皆オリンピックに出たい一心で頑張っているのに自分の方からその道を譲る発言をするなど馬鹿げていると今では思いますが、その時はそう純粋に思いました。

それだけ監督から日本代表、日本代表選手の心得を教えられていた証ではないかと思います。

日の丸をセンターポールに掲げなければならないという使命感を強く持っていたので。

しかし、その進言に対しての山中監督の一言が本当に嬉しかった。

「お前はチームに欠かせない選手だ。試合に出る、出ないではない。チームを纏めろ」と。

とかく日本代表チームと聞けば、技術を第一に思われがちですが、どんなレベルであれ、チームスポーツはチームワークなんですよね。

それからは、ブルペン捕手、内野、外野を全部守りと自分にできることは全部やりました。

本当に良い経験となりました。

今年も終わりを迎えようとしているのに、なぜこのような内容を記載したのかはわかりませんが、来年も日本代表はこうあるべきとブレることなく、突き進まなければとの決意のあらわれと勝手に解釈しています。

侍プロジェクトが始まり、小久保JAPANの打撃コーチもやらせて頂きました。

野球界も大きく舵を切る年に来年はなると考えています。

我々アマ代表には、韓国仁川で行われるアジア大会が待っています。

少しでも野球界発展のために今後も頑張って行く所存ですので来年もよろしくお願い致します。

そう言えば、久々にまじまじと空を見上げました。

空が青く、誰かの歌ではないですが、未来があるように感じました。

苦しくなったら空を見上げてみようと改めて気付いた貴重な一日でした。

今年一年、ブログにお付き合い戴き、ありがとうございました。

皆さま、良いお年を!


2013年12月26日木曜日

スポーツにおける目標について

子供の頃、中年期を迎えた方の会話の中で歳を取って行く度に一年間が早く感じるという会話を良く耳にしたが、まさか自分がそう感じるとはその時は全く思いもしなかった。

本当に一年が早い。

充実している証と他人は言うが、何も出来ずに時が過ぎたと反省ばかりが先に立つ。

来年こそはと反省会を自分1人でやることに決めた!

さて、目標の話をしたついでに、先週行われた高校駅伝、我が母校は長崎県代表として男女アベック出場を果たした。

成績は男子は期待以上、女子は目標に全く届かずというものであった。

しかし、最近のマラソンは入賞狙いとか3位狙いとか優勝を目指してなどと選手が言わなくなった。

おそらく持ちタイムでおおよその順位が分かるからそういうのでしょうが、スポーツは本来一位を目指すことに意義があると思う私には今一つ理解に苦しむ。

特に高校生なんて今までにない力を突然として発揮するし、駅伝の場合、一区の出来が後のレースに大きく影響することが多いことを考えると何位狙いなんて余り意味がないように感じる。

公務員ランナーの川口さんが、なぜ1人で練習をやるのかが分かるような気がする。

たぶん、1番になるためにだけを考えているからだと思う。

2番で褒められよりも出し尽くしたビリケツの方がいい。

責任を自分で負いたいと強く思っているのではないか!

コーチがつくと多分責任をコーチに転嫁してしまうと考えているからでは。

やる前から1番でなくていいやなんて思っていたら多分1番にはなれない。

1番を諦めた時点でそれ以上の力を発揮することはまずない。

火事場の馬鹿力なんて、勝ちたいと思わなければでるものではない。

別に母校を否定しているわけではない。

最近のスポーツ界、規格外と言われるような選手が少なくなっている。

全てが指導者に言われるとおり。

指導者も言うことを良く聞く選手がいい選手。

でもここ一発の勝負どころで力を発揮するのは意外と言う事聞かない選手だったりして。

なんか無鉄砲なレースするなと思われるような選手をファンは期待している。

現場で指導している方から良くそんな他人事みたいに言えるなとお叱りを受けるであろう。


指導方法で確立されたものはない。

例外なんてことも沢山ある。

今は正しくても真理出なかったことも一杯ある。

それでも、スポーツは1番を競い合うことに意義があると思う。

ほぼ毎年連続して全国大会に出場する母校の駅伝部を見ながらそんなことを考えました。








2013年12月20日金曜日

プロ経験者のアマ復帰について

「実は、今長崎県庁職員、公務員なんです!」と野球関係の方に自己紹介するとびっくりされるのですが、それ以上に仕事関係の方に職場同僚が「日本代表監督、侍JAPANの打撃コーチなんですよ」って紹介した際の相手の反応が凄い。
突然すぎて、全く話の内容を理解できないという状況に・・・。
この後の対応は、結構難しいものです。

野球の顔ばかりが前にあるのですが、本職は三菱重工の社員で、現在、長崎県庁で再生エネルギーの普及に携わっている根っからのサラリーマンなんです。

代表監督、侍JAPANコーチの仕事は副業でもなく、お給料は会社から頂いているわけで、真面目に仕事をしないと当たり前のことですが、叱られます。

野球と仕事の両立は、周囲の皆様の理解と協力があってこそ、成り立っているのですが本来はどちらかを選択する必要があるのでしょう。

「野球で飯が食えるか?」。

究極の質問ですが、プロ野球の一部の者を除いて今の日本の野球界では難しいですね。
ましてアマチュア野球の指導者は厳しいと思います。

中学、高校の指導者は学校の先生または事務職員という本業があり、傍らに野球を指導するというケースが殆どで、私の場合と同様と思っています。

基本的にボランティアの精神によって成り立っているのがアマチュア界ではないでしょうか?
よって、指導に携わっているすべての方は、立派な地域貢献を行っているわけです。

今後、プロ野球選手がアマ球界に多く復帰され、仕事としての野球指導者というものも出始めるでしょう。

その道の専門家がその役務を提供して対価を貰うという構図は社会では当たり前であり、特に非難すべきことでもないと思います。

また、専門職の強い人が指導をした方が良い選手が育つ確率は高いと思います。

但し、役務(成果)=勝利ということになれば、今あるアマ球界、特にジュニア層の構図は崩れていくことになるでしょうね。

成果の指標は、勝利が一番分かりやすいのですが、ジュニア期の成果は勝利だけではないと思います。

ジュニア期の成果を何にするかをしっかりと見極めて行かなければいけません。

勝たせる指導者が優秀な指導者であるのは、あながち間違いではないと思いますが、優勝チームを除いた他のチームは殆どが負けチームとなるわけであり、勝負の世界は紙一重的なところもあります。

「勝てば官軍!」確かにそれが世の中ですが、アマ球界が今まで支えられてきたのは、全てがボランティアの精神です。

周囲と協調し、相手をリスペクトすることが特に重要です。

アマ復帰するプロ選手の方に苦言を言っているのではなく、アマ球界としてプロから復帰する方々が増加していくという現実をどう受け入れていくかが今後の課題と思っています。

スポーツの本来の目的、何の為にスポーツがあるのか?という部分、例えば心身を健康にする、社会秩序及び道徳感を植えつけるなど、これからは今まで以上にしっかりと認識して進んで行かなければならないのでしょうね。

指導者またはコーチは、選手をあるべき姿や道に導くためにいるということを忘れてはならないと書きながら再度確認しております。

プロ・アマ融合! 大賛成です。

しかし、アマ側もプロをうわべだけでなく、もっと深く理解していくことが大切かもしれません。

2013年12月18日水曜日

日本代表スピリット!





今年1年は自分自身にとって慌しい1年であったためか、少し余裕が出てきた今は野球のことは考えたくないのかしれません
ブログのネタは沢山あるのですが、中々手が動きません。

とアップが滞った言い訳けをしてしまいました。

ベースボールクリニックに寄稿している「HINT!」ですが2年という月日が経過しようとしています。
このベースボールクリニックという雑誌の初刊は、記憶間違いでなければバルセロナオリンピックの年ぐらいではなかったかと・・・。
バルセロナから帰国してすぐに初めて選手の立場で「オリンピックを振り返り」という題でベースボールクリニックに寄稿した思い出が蘇りました

ちょっとマニアックな雑誌がこのように長く継続されるということは珍しいこと。

それだけ内容が充実している、野球を愛する読者が沢山いるということだと思いますし、何より関わっているスタッフの方々の情熱があってこそ。

私の「HINT」のコーナーがいつまで続くかは不明ですが、読者の方々のお役に立てるように引き続き頑張って行きます。

さて、この2月号HINTにて、ブログ内でも記載致しました来年開催のアジア大会に向けた1次合宿の報告を掲載することとしていますが、特に披露したかったのが代表選手とはという心構え部分です。

代表選手に選出されたならば、自分は何も変わっていなくとも周囲の見る目が厳しくなることを知る必要があります。

「あれで代表選手なの?」「代表選手なのに・・・」などの中傷や批判を覚悟しなければならないということです。

投手であれば抑えて当たり前、野手であれば打って当たり前と見られることになります。

が、代表選手と代表に選出されなかった選手との技術的な差は殆ど無いわけで、絶えず周囲の期待に応えることは不可能です。

したがって、代表選手になったからと言って背伸びしたプレーをすることは全く必要なく、自分の今ある実力を精一杯発揮することに専念することが重要となります。

結果に一喜一憂していると自分らしさも消え、周囲の眼が気になり始めます。

中傷や批判も「期待されればこそ」というぐらいの感覚でいた方が良いのでしょうね。

逆に代表選手に求めるものは、常に平常心で自分のプレーが出来る選手、短期決戦でもあるので好不調の波が小さい選手ということになるのでしょう。

一言で表すと「常にベストを尽くせる選手」。

とは言え、ベストを尽くせたかと問われれば、多くの選手が後悔しているケース殆どです。

逆に選手にとっては、それが当たり前であることも知らなければなりません。

無論、ベストに程遠いようなプレーぶりは論外ですが・・・。

「もう少し、こうやっておけば」とか「まだ力が残っている」などという気持ちが次への向上心であり、明日への原動力となるはずです。

もう一つ、日本代表選手に選出された選手は、他の選手の模範にならなければならないという使命があります。

「自分はこのスタイルでプレーしているから」などど、周囲から見てもよろしくない行動や言動をする人が時々いますが、後輩やジュニア期の選手の模範となるのは代表選手に課せられた使命ですので必然的に変えて行く必要が出てきます。

ま、そのような選手は選ばない。
仮に選んだとしてもきっちりと話をさせて頂いています。

バルセロナオリンピック監督の山中氏よりミーティングなどで口酸っぱく「当たり前のことを当たり前のようにやれる選手であり続けろ」と言われ続けていました。
「一塁までの全力疾走」「ポジションまでのダッシュ」「生活面」など。

全日本を率いて5年目を来年迎えることになりますが、大会を終えるたびに選手に向かい労いの言葉の後に今では当時教わった「当たり前のことを当たり前にやれる選手になれ」「日本の野球界のリーダーになれ」と話をしています。

代表スピリットとはそんなものではないでしょうか。

単純なようで一番難しい「ベストを尽くす」。

書きながら自問自答しています。

まだまだ甘いな・・・。


2013年12月9日月曜日

オリンピックデー フェスタ イン 花巻

12月7日にJOC(日本オリンピック委員会)、全日本野球協会主催の「オリンピックデー・フェスタ イン 花巻」が富士大学室内練習場で行われ、バルセロナオリンピック監督 現法政大学特任教授 山中正竹氏、侍JAPANトップチーム監督 小久保 裕紀氏等と供に参加してきました。

この取組みは震災復興支援事業であり、スポーツを通じて「地域に元気を」合言葉に各種スポーツ団体が地域の依頼を受けて行っているようです。

野球は、昨年の仙台(東北福祉大学)に引き続き2回目でした。

対象者は、地域のジュニア層で、総勢200人が参加してくれました。

昨年も寒かった記憶があるのですが、今年も極寒の中、子供たちは元気にプレーをしていました。

私も長崎の田舎に育ったこともあり、例えば小久保監督のようなスターに会う機会などは皆無に等しく、実際に会ったときは、その年代においては本当に感動を覚えたことを今でも覚えています

私はそれに値する選手ではないのですが、子供たちに夢を与える立場に立った人は、子供たちへ感動を与えてあげて欲しいと思います。

昔に比べ、ファンを大事にする風潮がプロ野球にも定着してきたので身近になってきた印象は受けていますが・・・。

しかし、ジュニア期における「いわゆる俺のスター」は、特にプロ野球選手ばかりでなく、身近にいる選手であったり、高校野球の選手であったりと対象は広くなります。

意外にも「あの人から声をかけて頂いたので、やる気が倍増した」などというケースは沢山あります。言った本人は、覚えていなくとも。

要は、人が上手くなるきっかけはどのタイミングかは分からないということを知っておくべきということです。

となれば、ジュニア選手への声のかけ方も大事なんですよね!

小久保監督は、そのあたりわきまえていましたね、流石です。

さてさて、今回の講習会は、ほぼバルセロナオリンピックチームのメンバーでしたが、このバルセロナ組は本当に結束力が強い。
本当にいい仲間に恵まれたとそう思います。

来年もまたこの事業が継続されるそうですが、この講習会に参加し、未来ある子供たちのために頑張らねばと改めて想うと供に、東京オリンピックで野球がもし実施競技となればこの世代がその対象選手になるんだなんて考えます。

沖縄から岩手北上と先週はかなり鍛えられましたが、充実した1週間でした。


岩手日報
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20131208_9

2013年12月6日金曜日

2014アジア大会代表1次合宿の報告

来年9月に韓国仁川で開催されるアジア大会に向けた第1次強化合宿を沖縄セルラースタジアムで12月3日〜5日の期間で行いました。
こんなオフシーズンにと思われるかもしれませんが、アマ代表は毎年ドラフトの動向によりチームを編成しなければならず、またJOCへの1次登録が年明け早々とあり、戦力発掘を余儀なくされているからです。
と集めた今回の選手。
今年の東アジア大会の代表メンバー9名を中心に有望な社会人選手、更に来年4月に社会人チームに入部することになる現在大学野球部に所属する4年生 9名を加えた合計38名。
ほぼ若い選手ばかりとあり、練習も今までになく、元気があり、活気がありました。
選考が主眼ですが、強化も目的としての合宿です。
指導するスタッフも今までにないぐらいの豪華メンバーに参加いただきました。
特に台湾でご一緒した侍ジャパンの元読売ジャイアンツ 鹿取コーチにおいては多忙な中、アマ投手の指導を熱心に行っていただきました。
代表チームクラスの選手に対して、個別の指導をする機会が少ないため、今回は試合を行わず三日間みっちり基本技術を各担当コーチから行っていただきました。
日頃忘れがちな基本を再度、指導されたせいか選手の目も輝いていたように感じます。
参加した新たに社会人野球に加わる大学選手においては、ジャパンを目指してという立ち位置におかれ、目標が明確になったと感じます。
そのように非常に実りある合宿でした。
しかし、やはり沖縄は暖かい!

今回、最後に選手に二つの注文を出して合宿を締めくくりました。
一つは、体得すること。
反復しかないことを強く伝え、シーズンに力を発揮すること。
二つめは、感性を磨くこと。
投球練習後に投げた後のマウンドを次に投げる選手のために整備をして明け渡すなどの思いやりとか、何かを見ての気づきなど。これらが技術の進歩に繋がり、それには全てを感じる力が必要であるため、日常から訓練するようにと。

今回参加した選手が何かを掴み、来シーズンに活躍する姿とこれらに刺激を受けた今回参加できなかった選手の出現を来春から全国の球場で見られることを楽しみにしています。

昨日、沖縄から戻り、今日、寒い岩手北上にJOC絡みのイベントに参加するために向かう車中で投稿していますが、記事を書きながら来年の9月が楽しみで今からワクワクしています。

今回参加してくれた選手が「後々の野球界を背負うのかな」なんて考えてしまうとは年取ったのかな!

もうすぐ北上なんで、この辺りで。